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雪の登別温泉・地獄谷です。

『登別温泉観光タクシー』札幌小樽観光タクシーの[地獄谷観光案内]

2016-02-05 08:33:09 | 登別温泉

地獄谷、大昔の爆裂火口の跡といわれ、登別温泉の湯元であり、登別の観光名所ともなっております。大地獄、鉄砲地獄、奥地獄などと名付けられた噴気口が点在し、硫黄の臭いに満ちた谷底からは、ガス(硫化水素ガス)や熱湯が吹き出し、いかにも地獄の名にふさわしい所です。

登別温泉

登別温泉は、地獄谷から流れでる硫黄泉はじめ、食塩泉・明ばん泉・ラジウム泉・など、11種類もの温泉が湧き出て、日本でも有数の湯量を誇っています。

温泉として利用されるようになったのは、今から100年以上前のことで、当時は露天に屋根をかけた小屋がポツンと建っていただけでした。

今では大きなホテルが建ち並び、全国にその名が知られる観光地として、賑わいを見せております。

温泉開祖と開湯の祖

登別温泉を開いた人、開祖は、安政5年(1858年)、この地に湯宿を建てた滝本金蔵さんとされて、長い間信じられ、温泉街にある湯沢神社にも、金蔵さん神様として祀られています。

ところが昭和55年、町の郷土研究家が、古い書物を調べていたところ、ここを視察した箱館奉行・村垣淡路守の公務日記の中に、金蔵さんが入る4カ月、すでに近江商人、恵比寿屋岡田半兵衛さんの湯治小屋があったことが記されていました。これには、町の人もビックリしました。

しかし、今の登別温泉発展の基礎を築いたのは、何と言っても滝本金蔵さんなので、金蔵さんはこれまでどおり「開祖」。それかと言って、最初に湯治場を開いた、岡田半兵衛さんの功績も、無視は出来ないと言う事で、半兵衛さんは「開湯の祖」と呼ぶ事で落ち着きました。

「温泉開祖」と「開湯の祖」ちょっとややこやしいお話です。

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