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積丹半島 神威岬・島武意海岸 TAXI観光案内です。


日本の渚100選·積丹岬島武意海岸

積丹町の一部が道内唯一の海中公園に指定されておりますが、美しい島武意海岸は第二号の指定地で、その絶景を望むのに必見の場所が、島武意トンネルを抜けた先の展望台です。

神秘的な海の色、(積丹ブルーの海)天然の名工が刻んだ岩の芸術、海の底まで見えるほど入江の水は青く澄み渡り、夏ともなりますと、ひんやりとしたトンネルをくぐり、未知の世界を冒険する様なスリルを味わう事が出来ます。

この島武意海岸は明治18年(1885年)に齊藤彦三郎という人が鰊漁に「漁網」を発明して鰊漁場を経営していた所です。

明治28年にシマムイ場所の斜面を登り、私財を投げうって開削したのが延長30メートルほどの「島武意トンネル」です。

それ以来、鰊をモッコに入れて背負いながら急な坂道を登り、トンネルを通行してこちらの南側の干し場に運びました。

元々、積丹岬の北に位置する島武意の浜は断崖絶壁の続く険しい海岸線、その浜から陸にニシンを運ぶ為には、どうしても岬のどてっ腹をくり抜かなくてはなりませんでした。

そんな必死の思いで作ったトンネルも、現在は観光客が島武意海岸の散策を楽しむ為に利用しています。

ウニ

数多いウニの中で食用になるのはバフンウニ、ムラサキウニ、アカウニなど。

食べて美味しいのは、冷たい水域に生息するエゾバフンウニ(地元ではガンゼと呼ぶ)で、名前に似合わず色も形も美しいウニです。

コンブを食用にしており、春から夏にかけて水揚げされます。

キタムラサキウニ(地元ではノナと呼ぶ)は暖流系で日本海沿岸に広く生息します。

とげが長く黒紫色をしており、食用となる卵巣部分はエゾバフンウニより大きく、色も黄色みがかかっています。卵巣が成熟する春から夏にかけてが旬で、焼きウニ、ウニ和え、ウニ味噌、卵とじ、寿司ネタなど料理法も数多くありますが、生ウニを熱々のご飯の上にタップリと乗せノリを散らしてワサビ醤油で食べる「ウニ丼」が最高です。

トロリとした甘味と舌触りは磯の香りとともに、なんともいえない風味があります。

積丹町・積丹半島のウニ漁解禁日です。

積丹町美国地区のうに漁解禁日は6月1日~8月31日迄です。

積丹町日司地区のうに漁解禁日は6月10日~8月31日迄です。

海の底まで見える、積丹ブルーの綺麗な海で採れる極上の生うに丼、是非一度ご賞味下さい。(^_^)v積丹ブルーの海、島武意海岸見学後は、お楽しみのランチ、ウニ丼で〜す。

此方は、ムラサキウニのウニ丼です。

そして、二種類同時に味わいたいお客様には、ハーフ&ハーフ

バンフンウニとムラサキウニが半分ずつ入った此方がおすすめで〜す。

ランチの後は、積丹半島神威岬へ向かいます。


神威岬

その突端に凛として立ち尽くす神威岩はあたかも海の巨人を思わせ、西の海に吸い込まれるように姿を消して行く太陽を背に、少しづつ海中に引き込まれて行く岩影を愛おしく見つめ、力強く肩踊らせて立ち尽くす様は、見るものを圧倒するエネルギーを何かしら感じるものが有ります。

遥かなる思いを秘めて立ちつくす

     巨岩にかかる夕暮れの霧

伝説の岬に今日も一人来て

     偲ぶ乙女の涙雨降る

         詩人·紫陽花


前方に姿を見せる神威岬は積丹半島の北西端に位置する岬です。

古平町から神恵内村に向かう途中には、岬と名の付く場所は大小13ヶ所ありますが、その中でも神威岬は古くから蝦夷地三嶮地の一つとして、更に、海上交通の難所としても恐れられておりました。

安政2年12月までは、この岬から北は女人禁制でした。

江差追分の歌い文句に

  忍路高島及びもないが

     せめて歌棄 磯谷まで

と有りますが、神威岬より東海岸、には女性を乗せた船は一切来てはならぬというお触れが元禄元年(1688年)松前藩から出されて以来この御禁制は厳しく守られいました。

この裏には松前藩の財政となる蝦夷地で採れる産物の実態を、幕府に知られたくないという思いがあったようで、アイヌとの交易が藩の大きな収入源でしたので、他の和人が奥地に住み着いては困ります。

そこで婦女子が同行しなければ定住もしまいと考え、これを食い止めるためアイヌの伝説にかこつけて、「女を乘せた船はカムイの怒りに触れて転覆する」などと、此れを理由に「女人禁制」としたのだと言われております。

何は共あれこの禁制が解かれる時が来ました。

安政2年12月と言えばすでに幕府直轄になっていた蝦夷地でしたので、箱館奉行は「妻子召し連れ引き移り候うこと勝手たるべし」というお達しを出しました。

そこで安政3年、箱館奉行支配調役·松本弥五郎は宗谷に赴任する際、妻子を伴ってこの岬を越え様と試みました。

例え迷信と思いながらも岬に差し掛った時、折しも波荒く「さては神の怒りか?」と恐れおののく船子たちや妻子を励ましました。

弥五郎はひるむ事なく勇気を出し岬に向かって「国主、今未開の地を開こうとしている。あなたは何の神か?この志しを妨げないで下さい。」と船上で何度も叫びなから、波の静まるのを待ちました。

やがて何事も無かったように波は静まり、無事岬をかわして宗谷に着くことが出来たそうです。

勿論それ以来、俄かに妻子を伴って岬の北に移住する者が増加し、積丹から石狩に至る海岸に和人の住む村が多く出来たと申します。

しかし、迷信と言えど何と明治時代に入ってからも、神威岬の魔神伝説を信じるものもいて、岬を越える婦女子は未だ少なかったといわれております。


タコ岩

海中にそそり立つ岩は誰が見ても「あのタコ!」そっくりの姿、ズバリ「タコ岩」です。

別名「立岩」とも申します。

タコ岩付近の海岸は割合と平らな岩場で、カレイ、ホッケ、ソイ、アブラコなど絶好の釣り場として親しまれています。

タコと言えば10月から1月頃(地域によっては漁期が異なる)が旬で、この頃獲れるタコは寒ダコと言って身が締まっていて甘味があり、赤々と燃えるストーブを背に「タコ刺しでお酒をキューっと一杯・・・」と想像しただけでよだれがでそうです。

神威岬自然公園

積丹町国道229号全面開通を切っ掛けに、神威岬周辺を一大リゾートにしようと、神威岬自然公園事業を平成元年より着手しました。

岬の眺望を楽しんでいただくための展望台をメインに、駐車場・レストハウス・いこいの広場・散策路・水洗トイレなどを公園内に整備すと言うものです。

まず、国道から公園に通じるアクセス道路(延長1.2㎞)を手掛け、敷地内に広い駐車場を設けました。

神威岬周辺に遊歩道と展望台を作り、岬の突端に立つ灯台までは探勝路を整備し、ゆっくり歩いて片道徒歩40分位で行く事ができます。

神威岬周辺の神秘的な雰囲気と自然環境との調和を考慮して、全体をレトロ調に仕上げており、探勝・散策路の柵は木材を使用し、爽やかトイレは「鰊番屋風」な外観で建てられております。

平成7年5月には、公園整備事業最後のレストハウス「ペニンシュラ」が約2億8000万円で建設されオープンしました。

鉄筋コンクリート造り一部二階建て540㎡の規模で、海鮮料理を主とするレストラン、地元の産物の展示・即売コーナー、観光案内所が設けられ、観光客の便宜を図っております。

札幌市内から約80㎞の距離にある神威岬は昭和30年代に一度迎えた観光ブームの再来を願い、幻の国道と呼ばれていた不通区間が平成8年11月1日に開通したことから、格好なドライブコースとして、また、本州からの観光客にも大いに注目される観光地として飛躍の時代を迎えた様です。

北海道の「西の知床」と言われて久しく、しかし、幻の国道ゆえに道内有数の景勝地も日の目を見る迄、長い年月を要しましたが、国道全線開通の効果は少しづつ現実のものとなっております。

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