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小樽雪あかりの路・手宮線会場と運河会場です。

[小樽観光タクシー]札幌小樽観光タクシーの[小樽雪あかりの路・旧手宮線メイン会場と小樽運河会場観光タクシー]

2017-02-13 08:13:38 | 小樽市

小樽観光タクシー・ジャンボタクシー、北海道小樽観光タクシー高橋の小樽雪あかりの路・旧手宮線メイン会場と小樽運河会場観光案内です。
港町小樽、この古い街並みにをキャンドルの灯火が優しく照らす、冬の風物詩の幻想的なイベント小樽雪あかりの路、メイン会場の旧手宮線会場と小樽運河会場です。😃✌🚕🚖🚕👍

小樽の気象と四季

小樽市は、北海道西海岸のほぼ中央に位置し、海・山・坂など変化に富み、三方を山に囲まれた自然豊かな天然の良港を有する個性的なまちです。

気候は、北海道の中では寒暖の差が小さい海洋性気候で、住みやすく、春はハイキング、夏は海水浴、秋は紅葉、冬はスキーと四季を通じて楽しめ、また札幌・ニセコ・積丹にも近く、自然環境に恵まれたまちです。

小樽の気候の特徴

小樽は海に面しているので気温の差は小さく、冬は内陸に比べて気温が高くなっています。

年平均気温は9度前後、年間降水量は1200mm~1400mmです。

しかし冬は北西の風が吹いたり、石狩湾小低気圧が発生すると、近隣町村に比べ大雪や吹雪になったりすることもあります。

積雪も2月には1mを越える年もあります。

台風の影響は比較的少ない地域です。

夏の台風シーズンでは日本海を北上する台風がまれに沿岸に上陸することがありますが、小樽付近ではその勢力がかなり弱まって来ることが多いです。

しかし平成16年(2004年)には大型の台風が後志地方を直撃し近隣の農家や建物に大きな被害がでました。

小樽は冬の大雪を除けば地震も少なく、全般的におだやかな自然環境の地域といえます。

〈春〉4月~6月

4月上旬は雪解けで足元が悪い状態ですが、4月後半からは春本番を迎え花が一斉に咲きはじめます。

本州では花の咲く順番がある程度決まっていますが、北海道ではこの時期に梅も桜も同時に咲くことは珍しいことではありません。

さらにチューリップやスイセンなど花々も次々と咲きます。

本州では見られない光景のひとつがこの時期です。

〈夏〉7月~8月

6月下旬から7月上旬に小樽では海開きが行われ、短い海水浴シーズンの到来です。

年間の最高気温もこの頃、30度を超える日があります。

海水浴はお盆の8月15日位までが一般的です。

本州は学校の夏休みが8月末までですが、北海道は夏休みが短いことと、お盆を過ぎると急に涼しくなったり、波が出たりすることで海水浴シーズンが短いのです。

〈秋〉9月~10月

9月になると朝晩は涼しくなります。

しかし近年は温暖化の現象か暑い日が続く年もあります。

10月中旬になると紅葉がはじまります。

市内では朝里峠や毛無山の紅葉が絶景ですが、小樽公園やなえぼ公園も見事です。

近郊ではニセコや積丹方面も美しい紅葉で有名です。

また10月下旬には初雪の季節となります。毛無山や天狗山の頂上が白くなると、いよいよ冬の到来です。

〈冬〉11月~3月

例年、11月の下旬から12月上旬には根雪となります。

年内は比較的積雪は少なめですが1月、2月はドカ雪となり、吹雪の日も多くなります。小樽は古い建物が多い為、雪の重みから建物を守るため、屋根の雪降ろしを行います。

天気の良い日曜日などは、あちこちで一斉に屋根の雪降ろしが行われます。

冬の風物詩のひとつです。

3月、彼岸の頃から雪解けがはじまります。

小樽ルネッサンス

かつて日本海に面した町はニシンで栄え、「鰊御殿」という当時の繁栄を偲ばせる建物が、今も海岸に見る事が出来ます。

しかし、追いニシンといって江戸時代から昭和の初期にかけて獲られたニシンも、時代を経て北へ北へと漁場が移動したのです。

小樽の漁場は江戸から明治にかけてニシン景気で湧いた時代で、勿論、大勢のヤン衆たちで浜は大賑わいでした。

その上、日本海の代表的な港である小樽港は明治32年には国際貿易港に指定され、内外の船の出入りが頻繁となり、物資の輸送も道内・道外からの物が小樽に集まってくる様になりました。

如何に小樽の港が繁栄していたか想像に難くないと思います。

物資と人の動きは必然的に金融関連の進出を促し、「行政の中心は札幌」「商業の中心は小樽」と定義付けるかのように北のウォール街と言われ、中央の銀行の出先は、ほぼ揃っておりました。

そんな中で、明治から昭和初期にかけて繁栄した小樽は様々な文化を残しました。

北海道内初の鉄道の敷設、港の整備と小樽運河、石倉庫群や民家・料亭も含めての歴史建物の数々、食文化、能、神楽など、両手に余る程の様々な方面の文化の発展を見たのです。

しかし、戦後の小樽はそれまでの歴史が止まったかの様に、明治・大正の建物はそのまま残され、今日を迎えたのです。

しかし、何が幸を生むかわからないもです。

小樽運河の埋め立てか、保存かの賛成・反対の両派の意見が対立するうち、小樽は小樽ルネッサンスに目覚めたようです。

過去の歴史の証を抹消することは、未来にきっと禍根を残すということに多くの人々は気付いたのでしょう。

古い物への郷愁は若いとか年寄りとかは関係なく、人々のルーツであり、歴史の生き証人に他なりません。

日夜、観光客でごった返す小樽の街の様子は、小樽っ子には冷たい見方をする方もいることと聞きますが、戦後の長い間、斜陽化の波が押し寄せていた頃を思えば、確実に笑顔で迎えてくれる人懐っこい小樽の人に、出会うことが出来る様になりました。

小樽の街並に入ると石造建築が建ち並び、まるでイギリスの何処かの街を連想する雰囲気を持っております。

石造建築ばかりではなく、レンガ建築・大理石建築・コンクリート建築など、当時の建築の粋を集めて、豪華で合理的に風土に合った建築方法で建てたものが、少なくても100棟以上、かつてのウォール街に残されております。

これらの建物はここ数年の間、随分様変わり致しました。

それと申しますのも歴史的建造物への「理解と利用」を両面から考慮したからです。

旧日本銀行小樽支店は金融資料館へ、旧拓殖銀行の建物はホテルからニトリ美術館へ、旧北海道銀行の建物は中央バス本社へ、旧第一銀行の建物はトップジェント紳装へ、旧三井銀行はさくら銀行、そしてニトリ美術館へと名を改めるなど諸々、上げれば切がありません。

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