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吉田ファームのメロンです。

[富良野観光タクシー]札幌小樽観光タクシーの[富良野市・吉田ファーム観光タクシー]

2016-07-06 07:46:07 | 富良野市

富良野市に有る

吉田ファームです。

観光バス乗務時代から良く来店してました。

今回お客さんがメロンを購入したいと言う事で、久しぶりで寄りました。

う~ん変わらぬ味富良野メロン最高😃⤴⤴です。🚕🚕🚕


富良野は盆地なので、朝・昼・晩の気温差が激しい所です。

朝・昼・晩の寒暖差が激しいと言う事は、その分糖度が増すと、言う事になります。

富良野メロンは、青肉・赤肉どちらとも、美味しい😋(^_^)vよ!!

只今絶賛発売中で~す。

北海道は本州に比べて温度は低く、乾燥した空気は本州と違った食べ物の味と旨みを引き出してくれます。

ジャガイモやカボチャは澱粉質を多く作り出し、粉っぽい旨みは本州では味わう事の出来ない物でございます。

また、イチゴ・スイカ・メロン・トウモロコシの甘み、アスパラガスのやわらかさは定評が御座います。

季節になると道内の各空港から取れたての野菜や鮮魚が本州各地に送られ、大評判になっております。


富良野は夏は暑く30度を超える事も少なくありません。反対に冬はと申しますと盆地特有の冷え込みがきつく、零下30度を超えるほどに気温が下がります。夏冬の寒暖の差は60度と大きく、ここに住む人達の生活に一抹の不安を抱く方もおいでかと思いますが、しかし、「住めば都」とはよく言ったもので、むしろそれなりに快適な暮らしを楽しんでいるのです。

この町の歴史をひも解きますと、江戸末期の安政4年(1857年)、当時の箱館奉行の命令を受けて石狩役所の足軽・松田市太郎が、石狩川上流域を調査するため、十勝岳に登り、西方に富良野盆地を発見したことに始まります。翌年の5年、幕末の探検家・松浦武四郎が富良野岳の中腹にあたる原始ヶ原を通過して十勝の国に向かう時、眼下に見える富良野盆地を眺望して「東西およそ12~13里、南北5~6里の間、目に遮るものない原野なり、一封内をなし地味山に囲まる故、暖にして内地に比して相応の一ヶ国と思わせる」と、十勝日誌に記録しています。

時は明治10年、札幌農学校の佐藤昌介(後の初代北大学長)一行6人が空知川を探検した折、清水山に登り富良野原野を見定めています。明治19年には道庁技師・内田瀞が富良野盆地に入り殖民地の選定をし、この時、地名を「フラノ」と記録したそうです。

※「フラノ」とはアイヌ語で「フラ・ヌ・イ」(臭い・もつ・所)が変化して富良野と命名されたものです。

スイカやトウモロコシも有ります。もぎたて😃✌🚕



キティちゃんのメロン🍈😨😱

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