ホーム » ブログ » 私の好きな小樽の風景です。

私の好きな小樽の風景です。

[小樽市観光タクシー]札幌小樽観光タクシーの[私の好きな小樽の風]

2016-09-26 12:47:57 | 小樽市

小樽市観光ジャンボタクシー、小樽市観光タクシー高橋の私の好きな小樽の風景観光写真です。

今日は、良く晴れて9月なのに夏日の小樽市です。

私が生まれ育った小樽市清水町の坂の上からの風景写真です。

今年廃校になった我母校の手宮西小学校が新しく中学校としてスタートする為、改装工事を行っております。

私の母校は、手宮西小学校と石山中学校2校とも廃校になりました。

残るは、小樽水産高校のみです。

ず~っと存続してほし~い❗頑張れ樽水👊😃✌🚖🚕🚖


小樽港防波堤に守られている防波堤内被覆水面積は約331万平方㍍です。ちなみに札幌ドームの建築面積は5万4千平方㍍で、防波堤の内側の水面は札幌ドーム約60個分となります。

防波堤内の水深は2㍍~20㍍です。

小樽港の港界線、小樽港というと防波堤の内側をイメージするでしょうが、実際は、高島の茅柴岬から平磯岬に引いた直線(港界線)の内側をいいます。

港界(港域)線内水面面積はおよそ570万平方㍍です。

小樽港「重要港湾」小樽港は現在、札幌や後志、空知など道央地域を後背地とする日本海側の流通拠点港として、また外国貿易港として、その役割を果たしており「重要港湾」になっています。

小樽港防波堤観光案内、小樽港は、古くから天然の良港として知られ、函館とともに、北海道の表玄関として賑わった所ですが、その港を守っているのが、南北にのびる防波堤です。

茅柴岬から突き出ている北防波堤は、明治30年、工学博士、広井勇の指導のもとに、11年の歳月をかけて完成しています。

この間、セメントに火山灰を加えて、コンクリートブロックを強化するなど、日本で初めての工夫がされました。

広井博士は、工事中防波堤が、嵐にみまわれた時には、「これが壊されたなら、私も死ぬ」とピストルを懐に、工事現場で一夜を明かしたと言うエピソードを残しています。

また、平磯岬からのびる南防波堤は、広井博士の愛弟子、伊藤長右衛門によってつくられました。

北防波堤が完成した、明治41年に工事がはじめられ、13年後の大正13年に完成しております。

この時も、ブロックにかえたケーソン(鉄筋コンクリートの箱)を、傾斜台を使って海に沈めるという、世界初の技術を開発しています。

現在、防波堤の先端には、伊藤長右衛門の遺言によって、彼の遺骨(分骨)が、遺愛の碁石などとともに納められています。

港に納骨堂があるとは、さすが歴史ある港町小樽らしいいお話です。

小樽港の生みの親といわれる広井勇と、育ての親、伊藤長右衛門をご紹介いたしました。

Language