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小樽運河クルーズです。

[小樽]小樽運河クルーズ観光案内です。

2017-06-12 08:50:59 | 小樽市

小樽観光タクシー・ジャンボタクシー、北海道小樽観光タクシー高橋の小樽運河クルーズ観光案内です。

海を埋め立てて、大正12年に完成した小樽運河、現在長さ1140㍍、幅北運河40㍍、道道臨港線側20㍍、散策路には、63基のガス灯が設置されています。

小樽運河

埋め立て式運河

運河というと、一般的には陸地を掘った水路と考えますが、小樽運河は掘り込み式ではありません。

海岸から一定距離の海面を残し、その先を埋め立てるという物です。

その結果できた水路で、埋め立て式運河と称されました。

明治になって小樽の海岸は堺、港、色内、南浜と次々埋め立てられ行きました。

その先の海面埋め立ては明治32年(1899年)以来、事業主体や計画などをめぐっていろいろともめ、道庁から最終時に許可されたのは明治41年でした。

この時の計画は、埠頭岸壁方式でした。

さて、いざ着工の段階になりましたが、今度は起債が思うようにつきません。

スタートを一年延期しているうち、明治42年7月、欧米の港湾視察から帰国した広井勇工学博士が「小樽の場合、貨物の種類、荷造りなどからみて、埠頭岸壁式より、ハシケを利用する運河方式の方が良い」との意見を発表します。

広井勇氏はこれより一年前、小樽港北防波堤を築造、完成させ、東大教授という権威者でした。

港湾の神様の意見により、新しい埋め立て計画は埠頭岸壁式から埋め立て式運河へ、大きく転換することになりました。

小樽運河完成

小樽港の埋め立て事業は、東大教授広井勇博士の意見により明治42年(1909年)、埋め立て運河方式に設計変更されました。

その後、速成派、延期派、さらに埋め立て埠頭岸壁派と依然、意見が分かれてすったもんだの騒ぎのすえ、やっと着工にこぎつけたのは大正3年(1914年)8月のことでした。

埋め立て工事は北の手宮側から4区に分けて行われ、埋め立てが終わったところから逐次これを利用しました。

大正7年8月1日から9月19日まで、2区埋め立て地(現在の北海製罐の場所)で「開道50周年記念博覧会」が開催されました。

小樽というところは埋め立て地ができるとそこで博覧会をやる傾向があり、この博覧会はその第一号といううことになりました。

大正7年12月、第3区に関税支署が建てられました。

当時の写真を見ますと、関税庁舎のすぐわきは埋め立て工事中で、埋め立てるとすぐ併用をはじめたことがわかります。

大正12年12月、4区までの全工事が完了し、幅40メートル、長さ1314mの小樽運河が出現しました。

総工費は190万6096円で、第一次世界大戦によるインフレ景気で、当初予算の2倍近い額となりました。

ちなみに、当時の盛り蕎麦の値段は10銭で、これもかなりの値上げでした。


四季折々に表情を変える小樽運河を船で40分巡ります。
歴史と港町小樽を再発見出来る、小樽観光の新定番です。

デイクルーズ
一般
大人¥1500 小人¥500 団体割引(15人以上)大人¥1350 小人¥450
小樽市民
大人¥1200 小人¥500
ナイトクルーズ
一般
大人¥1800 小人¥500 団体割引(15人以上)大人¥1620 小人¥450
小樽市民
大人¥1500 小人¥500

※運行出発時間や料金等変更になっている可能性有ります。要確認お願い致します。


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